フットボールの犬 宇都宮徹壱
第73回 新たな旅が始まるまで
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作成日時 : 2008/05/08 13:58
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「この話、いささか長くなりそうなので、今回はこのへんで」
前回のコラムをこうしめくくってから、うかうかしているうちに1カ月以上が経過してしまった。この間、私には2つの象徴的な出来事があったことを、まずはご報告しておきたい。ひとつは、来月に開幕するEURO2008の取材申請が却下されたこと。そしてもうひとつは、6年ぶりとなる新著『股旅フットボール』(東邦出版)が発売されたこと。一見、何の脈絡もなさそうなふたつの出来事は、しかし私にとって、今後の仕事の方向性を考える上で極めて重要な意味を持っていた。
EUROに関しては、4年前と比べてさほど強い思い入れがなかったのは事実である。そもそも6月といえば、日本代表のワールドカップ・アジア3次予選が4試合も控えている。4年前のポルトガル大会の時とは、状況が大きく異なることは最初から承知していた(ポルトガルでは、取材パスはなくとも大会をフルカバーしていたのだが)。とはいえ、こうして実際にUEFAから門前払いを食らってみると、いささかの寂しさを禁じえなかったのも事実である。
一方で、このたびの『股旅』の上梓は、私にとって久々の大きな挑戦となった。日本のサッカーを中心に据えたのも初めてだが、それ以上に地域リーグ(すなわち、トップリーグであるJ1から数えて4部に相当)というテーマそのものが、実にチャレンジングであった。いや、無謀であったとさえいえよう。
あらためて考えていただきたい。4部である。JFLのそのまた下のリーグ。北は北海道から南は九州まで、9つのブロックに分かれている地域リーグは、当事者や関係者、そして「わが街のクラブ」を応援する地元サポーター以外には、はっきりいって「よく分からない」カテゴリーでしかなかった。一般的なJクラブのファンやサポーターにしてみれば、「グルージャ盛岡」とか「カマタマーレ讃岐」とか「ツエーゲン金沢」といった地域リーグ所属クラブの名は、たまに目耳にすることはあっても、せいぜい「Jを目指している田舎クラブ」あるいは「天皇杯の3回戦の対戦相手」くらいの認識でしかなかったはずだ。
かつて私は、旧ソ連・東欧諸国に点在する「ディナモ」を取材した『ディナモ・フットボール』(みすず書房)を発表しているが、地域リーグは「ディナモ」に勝るとも劣らぬマイナーな取材対象だった。当の版元も、企画段階で「こんなマニアックなテーマで大丈夫なのか?」という消極的な意見は少なくなかったという。当然の話だと思う。
しかし、結論からいえば『股旅』は、一定数以上のファンによって好意的に迎えられることとなった。発売は4月中旬だったのだが、それから2週間で増刷が掛かった。試しにアマゾン・ドットコムを見てみると、何とランキングで最高300位台をつけているではないか(5月8日現在)。もちろん「サッカー」や「スポーツ」などのカテゴリーランキングではない、総合ランキングで、である。いささか大袈裟な物言いが許されるなら、時代は『股旅』的なるものを求めていた――そんな気がしてならないのである。
思えば2002年に『ディナモ』を上梓して以来、ずっと私は新たなテーマを求めて、欧州のさまざまな土地をカメラ片手にほっつき歩いてきた。アイスランド、ラトビア、エストニア、フィンランド、フェロー諸島、ギリシャ、トルコ、ポルトガル、マルタ、などなど。一方、日本代表の取材を続けているうちに、取材範囲はアジアにも広がっていった。オマーン、インド、バーレーン、イラン、タイ、中国、サウジアラビア、イエメン、ベトナム、インドネシア。行く先々で、当地のフットボールの風景を写真に収めては、夢中で文章を書き散らしてきた。それらの多くは、今もネット空間の中で漂っているものの、残念ながらひとつのテーマに収斂され、新たな書籍に昇華するまでには至らなかった。
結局のところ青い鳥は、ごくごく身近なところに潜んでいたのである。
何も半日近く飛行機に揺られなくとも、わが国には至るところに、その土地その土地のフットボールの文化と歴史があり、それらに誇りを持ちながら、絶対的な帰属意識を抱く人々が暮らしている。そんな、当たり前のことを思い知らされたのが、足掛け3年間に及ぶ地域リーグの取材であった。そして、この小さな旅を通して、自分自身が長年追い求めてきた新しいテーマが、明確な像を結んだのである。かくして、地域を面白がってフィールドワークしているうちに、すっかりヨーロッパのフットボールからは遠ざかってしまった。端的にいうなら、遠くのチャンピオンズリーグより近くの地域リーグ――それが、今の私の偽らざる気持ちである。
今年のEUROをどうするか、実は今も決めかねている。行けたとしても、スケジュールの合間をぬって「お客さん」として2、3試合を観るのが精一杯だろう。取材でも旅でもない、単なる観光。そもそも国外に目を転じる前に『股旅』でやり残したこと、見届けておきたいことが山ほどある。ゆえに、新たなフットボールの風景を求めて、どこか遠くへ旅に出るのは、当分先のことになりそうだ。そのときまで、野良犬のような軽やかなフットワークと奔放な好奇心だけは、忘れずにいることにしよう――。
そんなわけで、新たな旅が始まるまで、当連載もしばらくの間、お休みとさせていただくことにした。いささか唐突な発表となってしまったが、どうか了とされたい。
長い間ご愛読いただき、有難うございました。
photo:073 佇む犬…マルタ 2007
宇都宮徹壱の最新刊
『股旅フットボール』
●本書で取り上げられている主なクラブ
グルージャ盛岡/V・ファーレン長崎/ファジアーノ岡山FC/ツェーゲン金沢/
カマタマーレ讃岐/FC岐阜/FC Mi-OびわこKusatsu/FC町田ゼルビア/
ノルブリッツ北海道FC/とかちフェアスカイジェネシス…
●四六判・286頁・カラー写真58点・定価1429円+税 全国書店で好評発売中
宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya
1966年、東京都出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。誰にも顧みられない鄙びたスタジアムと、当地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)『ディナモ・フットボール』(みすず書房)がある。最新刊は『股旅フットボール』(東邦出版)。
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