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3月になった。思い返せば、当連載「フットボールの犬」が最初にスタートしたのは、今から8年前の2000年3月。その後、4年ほどの中断期間を経て、何事もなかったかのように「フットボールの犬 2nd Leg」として連載が再開されたのが05年3月。途中、06年のワールドカップからはブログ形式になるなど、幾つかの変遷はあったものの、何とかキャップ数70を越えるまで続けることができた。支えてくださった読者の皆さんには、あらためて御礼を申し上げたい。 さて、この機会に久々に過去の自分のコラムを読み返してみた。そこであらためて気付くのが、自分のテーマであったり興味の対象であったりが、ここ数年で大きく変化していることだ。とりわけ、ヨーロッパでの取材は、最近ではめっきり減ってしまった。最近向こうに行ったのは、昨年9月のオーストリア。ただし、これはクラーゲンフルトで日本代表戦があったからで、いってみれば「代表に連れて行ってもらった」ようなものである。 では、代表戦とは無関係で、最後に欧州に行ったのはいつかといえば、今からちょうど1年前の話で、取材地はイタリアとマルタ。今年は、6月にオーストリアとスイスで共同開催されるユーロ2008には行こうと思っているのだが、ちょうど代表のワールドカップ・アジア3次予選とバッティングしている。たとえ観戦できても、おそらく数試合。それ以外は、今のところ欧州取材の予定はない。 そんなわけで、気が付けばすっかり欧州は遠い存在になってしまった。 かつては、毎年のようにベオグラードに「里帰り」していたし、代表であれクラブであれ気になるチームや大会があれば、何とか日程と予算の算段を付けると(赤貧時代には借金までして)、すぐさま荷造りして飛行機に飛び乗ったものである。しかし最近は欧州に行くとなれば、いささか悲壮なる決心を要するようになった。トシのせいで腰が重くなった? いや、決してそんなことはない。もっと切実な理由によるものである。以下、3つほど挙げる。 理由その1は、欧州サッカーの需要の激減である。 もちろん、BSやCS、そして雑誌の世界では、今でも欧州サッカーの映像や情報で溢れている。だがそれらのほとんどは、現地の映像をベースとしたアナウンサーと解説との掛け合いであり、現地在住の記者によるレポートおよび翻訳物である。いうなれば、そのほとんどがルーティンワーク化した「輸入品」であり、日本から出向いて何かを得るというアプローチは、今では極めて希少である(タレントやセンセイの漫遊記なら話は別だが)。 一方で日本の週刊専門誌は、すっかりドメスティックな情報で埋め尽くされるようになって久しい。しかも「海外情報なら『ワールド』を買ってください」というスタンスが明白で、気が付けばサッカーの情報は「J/海外」と完全に分断された感がある。いきおい、日本をベースに活動するジャーナリストが、欧州に取材に赴く機会も激減した。自腹を切って取材を敢行しても、それを掲載してくれる媒体は極めて限られているのが現状だ(いわゆる「海外組」の近況ものであれば、まだ需要はあるのだが)。ましてや、私のようにプレミアやリーガやチャンピオンズリーグといったメジャーから完全に背を向けている人間などは、必要経費の回収など絶望的といってもよい状況である。 理由その2は、昨今の円安ユーロ高。こちらについては、見もふたもないくらい切実である。 ユーロが導入された02年当時、1ユーロは110円くらいだった。初めてユーロ紙幣を見たのは、同年春に取材で訪れたアイルランドだったが、500円くらいの感覚でギネスのパイントが飲めたような気がする。今だったら確実に800円を超えるだろう。去年訪れたシチリアも、ちょっとしたディナーを食べると軽く5000円を越える感覚であった。「南イタリアは物価が安い」という定説は、もはや完全に通用しなくなった。南欧で貧乏旅行というのは、私の大学時代の定番だったが、もはや円高バブル時代の甘い思い出でしかないようだ。 これに、昨今の原油高が追い討ちをかける。どんなに格安の航空チケットを求めても、いわゆる「燃料費」で2〜3万くらいの金額が加算される。この出費もまた、かなり痛い。こうして考えると、日本からジャーナリストを送り出すことが、いかにコスト高であるか容易に理解できよう。それなら、現地の人間に試合レポートなり有名選手のインタビュー記事なりを書かせて、それを翻訳したほうが、編集サイドとしてははるかにリーズナブルだ。逆に高い経費を負担して、ライター風情に旅行記的なエッセイを書かせるような余裕など、昨今の日本の出版社に求めるのは酷というものである。 理由その3は、ヨーロッパの均一化、さらにいえば辺境地の消失である。 そもそも需要の問題も、ユーロ高の問題も、言ってしまえば愚痴のようなものだ。たとえメディアの需要がなくても、どんなにユーロがバカ高くても、そこに魅力的な取材対象があったなら、多少の無理をしてでも私は日本を飛び出していただろう。その意味で、この3番目の問題はさらに深刻である。 私の取材スタンスは、カメラ片手に欧州の辺境地をほっつき歩いては、その国や地域のフットボールを通して、当地の地域性や文化、さらには歴史、民族、宗教などを切り取ることである。しかしいつの頃からか、人々の営みも風景もどんどん均一化していくヨーロッパに対して、ある種の倦んだ気分を覚えるようになっていた。それは、私が愛して止まない東欧諸国についても、同様である。いや、むしろ東側のほうが、どんどん風景がつまらなくなっているように思えてならない。 何が原因なのか、一言で表すのは難しい。ただ、実感レベルで指摘するならば、EUの拡大、そしてインターネットと携帯電話の普及に従って、ヨーロッパ全体がどんどん均一化していった、という事実である。それはすなわち、私が主戦場としてきた「辺境地」がどんどん消えていくことを意味する。 昨年、クラーゲンフルトから足を伸ばして訪れた、ザグレブにしても、サラエボにしても、私が初めて旅した10年前と比べると、愕然とするくらい退屈な街になってしまっていた。もちろん、ここで私がいう「退屈」とは、旅人特有のエゴイスティックな感想でしかないのだが……。 この話、いささか長くなりそうなので、今回はこのへんで。 photo:072 ハーフタイムショー…ザグレブ 2007 宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya 1966年、東京都出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。誰にも顧みられない鄙びたスタジアムと、当地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)『ディナモ・フットボール』(みすず書房)がある。 |
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