フットボールの犬 宇都宮徹壱

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help リーダーに追加 RSS 第65回 ひとり歩きする「3連覇」

<<   作成日時 : 2007/07/06 10:40   >>

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 アジアカップ取材に旅立つ前夜、冷や汗をかきながら本稿を書いている。もちろん、もっと早く書き始めていればよかったのだが、どうにも自分自身が「アジアカップモード」になれないまま、今日まで先延ばしにしてしまった。これほど切羽詰った今だからこそ、今大会の展望について真剣に考えをめぐらせることができそうだ。

 さて、このところのアジアカップ報道をつぶさに見ていて、非常に気になるのが「3連覇」というフレーズが盛んに連呼されていることだ。「3連覇を祈念して」とか「3連覇となったあかつきには」ではなく「目指せ! 3連覇」である。なかには「3連覇は当然」とか「3連覇をノルマとせよ」と主張するジャーナリストも決して珍しくないし、もっと極端なのになると「3連覇できなければ即刻オシムをクビにすべし!」と、まるで中東の王族のような物言いをする御仁まで出てきている。

 もちろん、オシム自身は「3連覇を目指す」などという言葉は一言も発してはいない。また日本サッカー協会としても、オシムに対して今大会でノルマを課すことはまったく考えていないという。そのことは川淵三郎会長も私の問いに対して断言しているし、小野剛技術委員長もまた、同じ考えであるようだ(『サッカー批評』35号)。にもかかわらず、一部メディアが声高に叫ぶ「3連覇」は、依然ひとり歩きを続けており、やがてそれは国民の総意、さらにはノルマにまでエスカレートしそうな勢いを見せている。これは危険な兆候であるといわざるを得ない。メディアによる過剰なミスリードによって、われわれは去年、さんざん痛い目に遭ったはず。また同じ愚を繰り返そうというのだろうか。

 かくいう私も、実は3年前の中国大会では、当時の代表監督だったジーコを支持する条件として「アジアカップ優勝」を掲げたことがあった。だがそれは、言うまでもなく、今回の「3連覇」とは、まるで状況も条件も異なる。

 3年前の日本代表といえば、ワールドカップ・アジア1次予選においてオマーンとシンガポールを相手に、実に見る者にストレスを与えるサッカーを展開して何とか辛勝。そうかと思えば、アウェーでチェコを破ったり、イングランドと引き分けるなど、ジーコをめぐる毀誉褒貶があまりにも激しく、評価の見極めが難しい時期であった。ワールドカップ本大会まで、あと2年しかないという焦りもあった。そんな状況だったからこそ、私はあえて「アジアカップ優勝」というハードルを設けたのである(そしてジーコ率いる日本代表は、実にスリリングかつ感動的な形で、それをクリアしていったわけだが)。

 しかるに今大会の場合、オシムが日本代表(すべてのカテゴリーを含めて)の進むべき道を提示し、それに向かってチーム作りを始めて1年しか経過していないのである。当然、チームの完成度はまだピークに達してはいないし、その必要もない。そもそもアジアカップという大会が、それまでの五輪開催年(すなわちワールドカップの2年前)から1年前倒しになったことを考えるなら、この大会の位置付け自体が根底から変わってくるわけで、それを3年前、7年前の優勝と比較すること自体、ナンセンスではないか。

 ただし誤解しないでいただきたいのだが、私は何も敗北主義を気取っているのではない。もし、日本が3連覇をしてくれたなら、そりゃ私だってうれしいし、参加16カ国の中で日本のポテンシャルが最も際立っていることについても異論を挟むつもりはない。しかし、そのことと「3連覇」を当然視することとは、まったく論点の違う話である。少なくとも現時点での日本が、オーストラリア、イラン、サウジアラビア、韓国に対して絶対的な優位に立っているとは思えないし、思わぬ伏兵に足をすくわれ、PK戦で涙を飲む可能性だって否定できないだろう。そこがフットボールの難しさであり、また怖さである。

 いずれにせよ、何ら担保もない現状にあって、われわれは軽々しく「3連覇」などと口にすべきではないのだ。

 今大会、私が唯一「ノルマ」めいたものを期待するなら、それは今大会でオーストラリアに勝利することである。「去年のリベンジ」などという小さい話をしたいのではない。この新たなアジアのライバルに対して、ここで苦手意識を払しょくする必要があると考えるからだ。1996年のアジアカップでは、日本は準々決勝でクウェートに敗れ、その後しばらくは中東勢への苦手意識を抱くようになってしまった。同様のことを、オーストラリアに対して繰り返してはならない。

 名将ヒディンクがいなくなったとはいえ、欧州でプレーする選手を多数擁するオーストラリアは、確かに強敵ではある。しかしながら、そんな彼らがアジアの混沌に不慣れであるのも事実。荒れたピッチ、いいかげんな運営、不可解なジャッジ……などなど。これら突発的に訪れる不確定要素への耐性は、われわれの方に一日の長があるはずだ。今大会でオーストラリアに勝利することは、われわれの苦手意識を克服すると同時に、アジアの恐ろしさというものを彼らに知らしめるという意図もある。来年から始まるワールドカップ予選を優位に戦うためにも、ここらでオーストラリアを潰しておかねばなるまい。

 いずれにせよ、ただ単に「3連覇、3連覇」と目を吊り上げるのではなく、まずは東南アジアでの大会を心から楽しむことにしたい。4カ国開催というフォーマットの是非はともかくとして、こんな機会でもなければ東南アジアのサッカーをディープに愉しむ機会も、そうそうないだろう(私にとっては、2年前の北朝鮮戦で訪れたバンコクが唯一の東南アジア体験である)。日本の主戦場となるベトナムは、以前から憧れていた国だけに今から訪れるのが非常に楽しみだし、日本がグループリーグ2位通過となればマレーシアにまで足を伸ばせる。もちろん、転戦に次ぐ転戦でタフな戦いにはなるが、その華麗なパスサッカーを東南アジア中に披露するのも悪くはないかもしれない。

 何はともあれ、前回大会が何とも殺伐とした雰囲気で行われただけに、今回は政治的なきな臭さのない、健全なバトルが展開されることを期待したいものである。


photo:064  アジアの思い出…バンコク 2005


宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya
1966年、東京都出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。誰にも顧みられない鄙びたスタジアムと、当地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)『ディナモ・フットボール』(みすず書房)がある。

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