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自宅にて一心不乱にパソコンのキーを叩いていると、突然「おめでとうございます!」というメッセンジャーが飛び込んできた。送信元はスポーツナビ編集部。だが、いったい何が「おめでとうございます!」なのか、まったくもって心当たりがない。訝しく思っていると「ユーロ2012の開催国がポーランドとウクライナに決まりました! 初の東欧開催ですよ」とのこと。思わずモニターに向かって「はあ?」と、何とも締まりのない声を挙げてしまった。 「はあ?」の理由は、ふたつある。 まず、開催国の最有力候補と思われていたイタリアが、大方の予想を裏切って落選してしまったことだ。 このユーロ2012については、イタリアのほかに、クロアチアとハンガリー、ポーランドとウクライナが、それぞれ共同開催国として立候補していた。だが、結果は自明と考える人は圧倒的に多かったはずだ。カルチョの伝統と国民への浸透度、1990年ワールドカップ開催の実績、経済力、インフラ、そして何といってもワールドチャンピオンの称号――。 確かに、昨シーズンのカルチョ・スキャンダル、そして今年2月にカターニアで起こった暴動事件など、容易に払拭できないマイナスイメージがあるのは事実だが、それでもライバルたちとの差は歴としていた。英国ブックメーカーの予想も、イタリア1.3倍、クロアチアとハンガリー4.0倍、ポーランドとウクライナは11倍のオッズであった。 ところが、である。いざフタを開けてみると、有効投票12票のうち実に8票が、最も可能性が低いと思われていたポーランドとウクライナに流れていった。 「どういう判断基準で、ポーランドとウクライナが勝つことになったのか、私には理解できない」とは、前イタリア代表監督のマルチェロ・リッピ。一方、ポーランドの右派系地元紙は「われわれが8票を獲得したのに対し、驕り高ぶったイタリアは4票に終わった」とセンセーショナルに報じていた。ちなみに1票も獲得できなかったクロアチアでは、ディナモ・ザグレブのサポーターグループ「バッド・ブルー・ボーイズ」が「ありがとう、UEFA」という皮肉たっぷりの横断幕を掲げていたことを、現地在住のジャーナリスト長束恭行さんが伝えている。 さて、もうひとつの「はあ?」の理由についても語らねばなるまい。 実のところ私は、5年後のユーロは「イタリアがいいかな」と考えており、ゆめゆめ「東欧開催」を熱望していたわけではなかった。であるからして「おめでとうございます!」というメッセージをいただいたときには、正直「はあ?」というリアクションしか出てこなかったのである。 もちろん私は、東欧のひなびたスタジアムや、うらぶれて殺伐としたスタンドを愛して止まない人間である。とはいえ、知られざる国内リーグやスタジアムを探訪することと、ユーロのようなメガイヴェントを取材することとは、当然ながらまったく次元の異なる問題だ。ちなみに私は、これまでポーランドには2回、ウクライナには3回訪れている。現地の劣悪なスタジアム事情やインフラについて、多少なりとも経験しているつもりだ。であるがゆえに「こりゃ、大変な大会になるぞ」というのが率直な感想なのである。 何よりも私が懸念しているのが、移動距離である。 今回の開催地は、ポーランドがワルシャワ、グダンスク、ウロツワフ、ポズナンの4会場。ウクライナがキエフ、ドネツク、リヴィフ、ドニプロペトロフスクの4会場。合計8会場である。ところがポーランドにしても、ウクライナにしても、かなり国土が広い。前者が31万2683平方キロで、日本の国土の約8割。後者は60万3700平方キロで日本の約1.6倍。両国併せて、わが国の実に2倍以上の総面積である。 ちなみに、最も西のポズナンから、最も東のドネツクまでは、直線距離にしておよそ1500キロ。ミュンヘンからマドリードまでと、ほぼ同じである。しかも西側のように、各開催地間をユーロスターが走っているわけではない。私も7年前、まるでタルコフスキーの映画に出てくるような寝台列車に夜通し揺られながら、ワルシャワからキエフまで移動したことがあるのだが、あのときと状況はさほど変わってはいないだろう。ただ過ぎ去るだけの旅ならともかく“平原”と“辺境”との1500キロを行ったり来たりするのは、並大抵のことではない(ちなみにポーランドの国名の由来は「平原の人々」であり、ウクライナのそれは「辺境」である)。 今回の開催国決定には、UEFAとポーランド・ウクライナ両国、それぞれの政治的な力学が働いていたことは間違いないだろう。UEFAの新会長となったプラティニは、西側列強国の寡占状態となっていたヨーロッパサッカーの“潤い”を、東側にも分配することに積極的だ。一方の開催国側には、当然ながらこの機会に一気にインフラ整備を進めたいという思惑がある。特に、EUとロシアの間で揺れ続けるウクライナは、隣国ポーランドの発展を見せ付けられているだけに、今回の招致活動は国策レヴェルで行われた。ウクライナ協会のスルキス会長は「今後5年間で新しい国を作る。これを逃せば、あと30年か40年は巡ってこないチャンスだ」と語ったそうである。 私自身、プラティニ会長の方針には基本的に賛成であるし、ポーランドもウクライナも、この大会を契機にさらなる発展を遂げればよいとも思っている。案外、大会が始まってしまえば、われわれファンも一味違ったユーロが楽しめるのかもしれない。だが、やっぱり尋常ならざる移動距離が心配だ。交通網(とりわけ鉄道)の整備、そして格段の効率化とスピードアップが、開催国に課せられた一番の課題となるのは間違いない。 ん? まだ来年のユーロ2008が始まってもいないのに、5年後のことをあれこれ心配するのは気が早すぎるって? いやいや、そんなことはないでしょう。あの2002年の祭典から、もう5年の月日が経ってしまったんですから。5年後なんて、あっという間ですよ! photo:063 改装中のオリンピックスタジアム…キエフ 2005 宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya 1966年、東京都出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。誰にも顧みられない鄙びたスタジアムと、当地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)『ディナモ・フットボール』(みすず書房)がある。 |
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