フットボールの犬 宇都宮徹壱

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help リーダーに追加 RSS 第60回 一字違いで大違い

<<   作成日時 : 2006/12/25 10:00   >>

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 ウィーンの国際空港で土産屋をぶらついていたときの話である。ある動物のシルエットと英文のメッセージをあしらったTシャツが売られていた。そのメッセージいわく、「There is no KANGAROO in our country!(私たちの国にカンガルーはいません!)」。どうやら、オーストリアとオーストラリアを混同する人が、今も後を立たないようである。

 そういえば先月、オーストリア駐日大使館商務部がホームページで、今後は自国の日本語表音表記を「オーストリー」に変更する旨を発表した。理由はやっぱり「オーストラリアと混同されるから」。ただし、この表記変更がどれだけ定着するかは定かではない。

 そんなオーストリアではあるけれど、暮れも押し迫った今日この頃、にわかに日本のサッカーファンから注目を集めるようになった。2大会連続でワールドカップに出場している宮本恒靖(ガンバ大阪)と三都主アレサンドロ(浦和レッズ)が、そろいもそろってオーストリア1部のレッドブル・ザルツブルクに移籍することが決まったからである。

 もっとも私にとり、オーストリアという国は「バルカンの玄関口」という印象しかないため、当地のフットボール事情には決して明るくないのが実情だ。せいぜい、トップリーグが10チームで行われていて、ラピッド・ウィーンとかシュトルム・グラーツといった強豪クラブの名前を知っている程度である。そんなわけで急遽、あれこれ調べてみたわけだが、そこでいくつか興味深い事実を知ることができたので、この機会に「知ったかぶり半分」で皆さんに披露することにしたい。

 まず、ザルツブルクという土地について。「塩の街」を意味するザルツブルクは、オーストリア中北部に位置する商工業都市で、人口はおよそ15万人。かのウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの出生地としてつとに有名で(今年は生誕250周年であった)、偉大なマエストロ、ヘルベルト・フォン・カラヤンもまた、この地で産湯をつかっている。さらにいえば、ジュリー・アンドリュース主演の映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)の舞台としても知られており、どう贔屓目に見ても「フットボールの街」とは言い難い。やはりザルツブルクは音楽祭の街、クラシックの街なのである。

 むしろ私が注目したいのが、ザルツブルクが首都のウィーンよりも、はるかにドイツのミュンヘンに近いことだ(直線距離にして130キロほど)。かつてのバイエルン王国に編入された歴史もあることから、この街は南ドイツの文化や歴史の影響を色濃く受けている。ご存知のとおり、レッドブル・ザルツブルクの監督はジョバンニ・トラパットーニ、そしてコーチはローター・マテウスである。このクラブが、バイエルン・ミュンヘンの人脈で固められているのは、果たして「偶然」と片付けてよいのだろうか。

 そして、それ以上に気になるのが「レッドブル」。これはタイで開発された栄養ドリンクの名称だが、1984年にオーストリアの企業がタイ国外での販売権を獲得し、世界中に販路を広げることに成功。その後、2005年からF1への投資を開始し、直後にサッカークラブの買収にも着手するようになる。現在はザルツブルクの他に、MLSのメトロスターズも傘下に収め、新たに「レッドブル・メトロスターズ」として活動している。

 ザルツブルクについていえば、当初は1933年に「SVザルツブルク」として設立された、それなりに由緒あるクラブであった。これまで手にしたタイトルは、リーグ優勝3回。いずれも1990年代のもので、この10年は栄光から遠ざかってジリ貧になっていた。そこに「白馬の騎士」のごとく現れたのが、レッドブルだったわけである。

 その後は、お決まりのパターン。クラブ名も経営陣もスタッフも一新され、チームカラーも「紫と白」から、レッドブルのブランドカラーである「赤と白」に取って変えられた。そして前述の通り、今季からはトラパットーニとマテウスといったビッグネームを指導者として迎え入れ、選手ではニコ・コバチ(クロアチア)、アレクサンドル・ツィクラー(ドイツ)、ブラティスラフ・ロクベンツ(チェコ)といった、そこそこ名のある顔ぶれをそろえて、第21節現在、チームは2位とは10ポイント差で首位を走っている。

 こうした状況を踏まえて、今シーズン途中からは、代表クラスの日本人選手を2人も獲得、欧州のクラブでは異例ともいえる羽振りの良さを見せているレッドブル。いろんな意味で、野心溢れるクラブであることは間違いないだろう。

 とはいえ、今回の宮本と三都主の移籍先について、現時点でとやかく言うべきではない、と私は考える。今はただ、念願かなって29歳にして初の欧州移籍を果たした彼らに、心からのエールを送るばかりである。

 それよりも私にとって感慨深いのが、オーストラリアとオーストリアの違いだったりする。思えばちょうど去年の今ごろ、われわれ日本のサッカーファンの間で「オーストラリア」がちょっとした話題の中心であった。12月9日にライプツィヒで行われたワールドカップのファイナルドローでは、日本のグループリーグの初戦の相手が「オーストラリア」と決まり、多くの日本人が安堵した。そして、直後に行われたクラブワールドカップでは、オセアニア代表のシドニーFCに加入した三浦知良のプレーに、無邪気に拍手をしていた。大多数の日本人が、あの時、オーストラリアという存在を見くびっていたのではなかったか。それが、どのような結果を招いたのか、今さら多くを語る必要はあるまい。

 今年、われわれの視線は「オーストリア」に向けられることとなった。来年はきっと、かの国のフットボールが大いに話題になることだろう。国内リーグでプレーする日本人選手に加え、オーストリアとスイスの共同開催によるユーロ2008予選も佳境に入る。そして何より、われらが代表監督もまた、かの国のパスポートを持っているではないか。オーストラリアからオーストリアへ――この1年は、まさに「一字違いで大違い」という、何とも不思議な1年だったように思えてならない。

 何はともあれ、皆さん、どうかよいお年を。


photo:060 オーストリアのサポーター…サンテティエンヌ 1998


宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya
1966年、東京都出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。誰にも顧みられない鄙びたスタジアムと、当地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)『ディナモ・フットボール』(みすず書房)がある。

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