|
45日間にわたるドイツでのワールドカップ取材から帰国して、いろいろと忙しくしていたら、あっという間に1カ月が経過してしまった。アジアカップ予選のイエメン戦が行われた16日水曜日は、インターナショナル・マッチデ−ということで、世界各国で親善試合やらユーロ2008予選やらが行われ、本格的に「次の4年間」がスタートしたことを実感させられる。「もうちょっとドイツでの日々の余韻を楽しもうよ」と愚痴のひとつもいいたくなるが、フットボールの世界は決して立ち止まることをしない。だから私も、走り続けなければならない。さながら、鎖を引っ張られる犬のように。 走り続けるといえば、イビツァ・オシムを新監督に迎えた日本代表もまた、過密日程も高温多湿も関係なしに走り続けている。選手だけではない。日本サッカー協会も、そしてわれわれメディアの人間もまた、新監督の周りで頭を使いながら走り続けなければならない。いささかマンネリ気味だった現場の空気も、一気に緊張感を帯び、活性化していることを肌で感じる。単に体制が変わった、という話ではない。そうではなくて、オシムがやって来たことで、日本代表を取り巻く現場が大きく様変わりしつつあるのだ。 フィリップ・トルシエが「黒船」であったなら、オシムはさしずめ「進駐軍」という比喩が当てはまるのかもしれない。「焦土」と化した日本に降り立った進駐軍。 以前、ワールドカップ惨敗という結果を受けて、私は日本サッカー界の状況を「焦土」と表現した。6月22日のドルトムントでブラジル戦を見た者の多くが、絨毯爆撃を受けた焼け野原を、フィールドの向こう側に垣間見たことだろう。あの瞬間から、日本サッカーの「戦後」はスタートしたのだと思う。そして「焦土」と化した日本に、オシムはやって来た――いや、確かに彼はジェフ千葉の監督としてすでに日本にいたわけだが、いわゆる「世紀の大失言」のあとに再来日したオシムは、もはやジェフのサポーターのみならず、日本中の注目を集める人物となっていた。オシムの再来日の光景というものは、何やら厚木に降り立ったダグラス・マッカーサー元帥の姿とダブって見えてくる。 もちろんオシムは、日本サッカー界を占領統治しているわけではなく、あくまでも日本協会から雇われた身である。しかしながら彼は、すでに雇用主である協会に対して、ある種のプレッシャーともとれる、強力はシグナルを発している。前代未聞の「招集メンバー13人」事件(あえて「事件」と書く)が、それである。 新体制になって、初めてのメンバー発表。国民が注目する会見の席で、オシムは田嶋幸三専務理事に13人「しか」いないメンバーを発表させた上で、日本の過密スケジュールの異常さについて言及し、さらに「今後は、こういうことがないように願いたいものだ」と釘を刺している。明らかな確信犯。オシムは協会に対し、代表の強化には過密日程の正常化が不可欠であるという強烈なシグナルを発し、この点については何ら妥協の余地もないことを、詰め掛けたメディアの前で宣言したのである。 オシムのシグナルは、日本メディアにも向けられている。こちらはさらに強烈だ。 「こちらから特にコメントはない。皆さんの方からサッカーに対する意見がきちんと出たらコメントするようにしたい。スポーツジャーナリストとしてのレベルに達するまで、私は辛抱強く待つことにしたい」 イエメン戦前日、会見の冒頭からこれである。「佐藤ツインズ」「オシムチルドレン」果ては「ゼムノビッチと密談? やりたい放題」「試合終了前にトイレに行ってしまった」などなど、フットボールの本質を伝えることなく、紋切り型かスキャンダラスな報道ばかりが目に付く日本のメディアに、オシムはあえて挑発的な態度で臨んでいる。前任者の時代は通用した「明日のスタメンを教えてください」などという能天気な質問は、もはやここでは許されない。お陰で会見場の空気も、随分と緊張感あるものになった。 とはいえ、オシムはトルシエのように、メディアと全面戦争をするつもりはないようだ。むしろ、ある種の愛情をもってメディアと接しているとさえいえる。それは、イエメン戦後の以下の言葉からも明らかであろう。 「(デスクから)聞けと言われた質問ではなく、皆さんが聞きたい質問をしてほしい。堂々巡りではなく、率直な質問をぶつけてほしい。日本のサッカーの何が一番面白いのか、それを書くことが皆さんの仕事ではないのか? 私は決して逃げないから」 この言葉に何も感じない記者がいたとすれば、それこそオシムではないが「貴方は向いていない。お辞めになったほうがよい」だろう。 オシムは選手だけではなく、協会に対してもメディアに対しても、強力なシグナルを発している。しかしながら、オシムは決して改革者ではない。彼はあくまで「正常化」を求めているのだと思う。過密日程の正常化。報道のあり方の正常化。これらは「日本らしいサッカー」を目指すオシムの指標と、十全に合致するものであろう。 実のところ、肝心の代表チームの強化については、まだ2試合しか行われていないこともあり、そのアウトラインはまだ見えてこない。それでもオシムが代表の現場にやって来て、確実に変化は起こっている。進駐軍は戦後民主主義をもたらしたが、オシムは日本サッカーに何をもたらすのだろうか。今後も間断なく注視することにしたい。 宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya 1966年、東京都出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。誰にも顧みられない鄙びたスタジアムと、当地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)『ディナモ・フットボール』(みすず書房)がある。 |
| << 前記事(2006/07/11) | トップへ | 後記事(2006/09/15)>> |
| << 前記事(2006/07/11) | トップへ | 後記事(2006/09/15)>> |